「女が映画を作るとき」

浜野佐知 著/平凡社新書/2005年1月11日刊行
映画は男の世界か?−
ピンク映画三百本!三十年以上にわたって、日本のセクシュアリティの現実と向き合ってきた女監督が、忘れられた作家、尾崎翠を描き、社会から閉ざされてきた老齢女性の性愛を描く。男社会で抑圧されてきたテーマと真っ向から取り組み、フィルムとともに日本各地を経巡り討論し、その交流から生まれたエネルギーは、世界の女性映画祭やレズ&ゲイ映画祭へと向かう。(「女が映画を作るとき」カバーより)
 目 次
■第一章 ピンク街道まっしぐら
三百本のピンク映画/若松プロの門を叩く/現場を一日で飛び出す/撮影現場はセクハラの嵐/女優のイジメが辛かった/「小茶」のおばちゃん/本木荘二郎と梅沢薫/ハダカの代役も/「青年群像」に拾われる/私の監督修業/監督逃亡でデビューのチャンス/ロマンポルノ襲来/小さな挫折から自分の会社設立へ/なぜ私は「売れっ子」になったか
■第二章『第七官界彷徨−尾崎翠を探して』
日本の女性監督の最多本数/尾崎翠を探して/鳥取での現地取材/女性作家や研究者の協力/私物化する全集編者との闘い/フェミニストとの出合い/鳥取にも支援する会/翠を知る高齢者たち/運命的なキャスティング/困難を極めた鳥取ロケ/鳥取砂丘でヘリの空撮/女性スタッフの活躍/東京国際女性映画祭/海外の女性映画祭との出合い/尾崎翠フォーラムが始まる
■第三章『百合祭』の長い旅
パリで口走ってしまったこと/女性が鑑賞するポルノ/男女の異性愛を超える試み/四ヶ月で映画が作れるか?/吉行和子さんがダメなら映画も断念?/最後まで難航した老・光源氏役/同窓会のような役者陣/日本の男社会にケンカを売る?/トリノでまさかの準グランプリ/感涙のモントリオール/イスラム圏で『百合祭』の反応は?/世界のレズ&ゲイ映画祭との出合い/日本脱出した女たち―海外浜野組/海外の日本女性はなぜ優秀か?
■第四章女性映画祭と共に ―ヨーロッパの女性映画祭・主宰者インタビュー
作品は映画自体の運命を走り出す/女性映画祭への世界的な逆風/女性映画祭が立ち上がる時/イデオロギーの戦争が始まった―クレティーユ/ドイツで初めてのテーマを掲げた映画祭―ドルトムント/男性の目を通した女性像に飽き飽きして―トリノ/アンチ・フェミニズムの女性映画祭―ボルドー/実力派女性監督は語る/若い世代の女性映画祭離れ/二本目、三本目と撮っていくと分かること/性に関しては女性監督の方がラジカル/「母船」としての女性映画祭
■第五章「早く生まれ過ぎた世代」から ―高野悦子さんに聞く
やりたいことだけ実現しなかった/海軍兵学校へ入りたかった/国際女性映画祭のスタート/女性監督が不思議でない社会に/女性映画祭の必要性/男のモラルは女に通らない/孤独で変人と思われてきた/生きることは行動すること/「刺すなら心臓!」
■終章 映画監督は男の世界か?
何にも変わらない/深作欣二監督の「男の仕事」/セクハラ認識の性差/大島渚監督の言葉/バカ女の壁/女は五十から
あとがき
 多くの人は、観客として映画を見る。監督が女であるか男であるかなど、ほとんど意識しない。映画は面白ければいいのだ。ところが作る側に立ってみると、絵画や小説、短歌など個人の創作と違って、職種の異なるチームワークが必要な映画は、女が監督としてリーダーシップを振るうことは相当難しい。莫大な制作費がかかることも、女にはネックだ。
 思いがけなくこのような本を書くことになった。私は三十五年ほど映画監督として過ごしてきたので、文字で、しかもこのようなまとまった形で表現することは思いもよらなかった。平凡社編集部の首藤憲彦さんの提案を受けた時、私がまず考えたのは文化庁芸術家海外派遣研修員として二〇〇二年のパリ研修で行った、女性映画祭主催者へのインタビューを、ぜひとも形にしたいというものだった。そのレポートを締め括る意味で、以前からお願いしていた高野悦子さんへのインタビューも今回実現した。高野さんには深謝したい。

 ピンク映画に始まる私の映画人生を辿るような形になったが、私には自分の人生を語るつもりはまったくなかった。女優以外、女のいない撮影現場で映画を撮り続けてきた私が、五十歳を目前に自主製作を志し、企画から上映に至るプロセスで多くの女たちに出会った。製作した『第七感界彷徨―尾崎翠を探して』『百合祭』の二作品が上映されるほとんどの現場に私は出かけ、ディスカッションを重ねたが、そこで交わされた言葉、触発された思いが本書のベースとなっている。その意味でこれは私と女たちとの出会いのドキュメントであり、彼女たちが私に明確な言葉を与えてくれた。

 しかし『第七感界彷徨―尾崎翠を探して』が完成して四年も経たないうちに、この作品の製作段階から応援してくれた矢川澄子さん・石原郁子さん・塚本靖代さんを私たちは失った。〇二年の春から初夏にかけて彼女たちが亡くなった時、私は茫然自失したが、天上の尾崎翠同様、彼女たちの魂はこの映画にこれからも同行してくれるものと信じている。
がむしゃらに映画を撮り続けてきた私だが、今回自分でも新しい発見がないでもなかった。二十歳でピンク映画に飛び込んだことをはじめ、世間的には爪弾きにされる人生の選択をしてきた私だが「マイナスのカードを引き続け、それがいつか一挙にプラスになる」という言葉は、太宰治だっただろうか。私はおそらくラッキーな映画監督に違いない。
 あらためて思う。一本の映画を作ることで、人生が変わる。映画もまた、女が撮ることで変わる。これから大挙して女性監督が登場してくることを、私は心から願っている。(「女が映画を作るとき」あとがきより)
※「女が映画を作るとき」浜野佐知 著(平凡社新書、税別¥740)より紹介

映画への熱い思いが、読むものに力を与えてくれます。ぜひ、読んでください。そして、浜野監督自主製作映画『第七感界彷徨―尾崎翠を探して』『百合祭』もぜひ見てくださいね。詳しくは→旦々舎ホームページまで。ビデオも販売しています。