タイトル/戦争と平和 Com-Support Official Website
「灰の中からの脱出−城北大空襲後の暮らし−」
  絵:矢島勝昭 ※著作権は作者に帰属します 更新日:08.11.26

タイトル:悲しみ

絵:途方に暮れる母親

途方に暮れる母親
食べるものがないから乳が出ない。赤ん坊は栄養失調。この先どうなるのか ……。
炊き出しは " 1人おにぎり1個 " を貰いに行く。罹災者には1人に付き1升の応急米(4日分)と味噌が配給されたが到底足りない。
国家予算の半分が軍事費 敗戦時には85%を占めた
生活困窮者へ公的扶助は敗戦1年後から始まる
・昭和21(1946)年 旧・生活保護法 制定・施行
・昭和25(1950)年 新・生活保護法 制定・施行


絵:みかん箱の棺

みかん箱の棺
死んだ赤ん坊はみかん箱、薪も持参で落合火葬場へ向う。何もかも用意しなければ、荼毘に付すこともできない。


絵:やっと帰ってきたものの…

やっと帰ってきたものの…
夫の戦死公報をもらった妻はすでに再婚していた。戦死したはずの兵士が帰ってくると『生きている英霊』と呼ばれた。


絵:傷病兵の帰還

傷病兵の帰還
天皇の名の下に戦争に駆り出された兵士たち。戦場で重傷を負い、あるいは結核やハンセン氏病に感染し、あるいは精神に障害を負い、せっかく帰って来た多くの人たちが、日常生活に戻ることができず、あるいは許されずに療養所に収容された。


絵:カンパにすがる傷痍軍人

カンパにすがる傷痍軍人
敗戦後の混乱の中、"帝国軍人の名誉の負傷"に何の意味もなかった。職に付けず国からの補償もなく、戦闘帽に白衣を着た姿でアコーディオンを鳴らしたり、ハーモニカを吹いたり、歌ったりして通行人からお金をもらうしかなかった(現在のウイ・ロード入口付近)。
・昭和25(1950)年 身体障害者福祉法が施行
復員兵や戦争による傷病者の生活支援が行われるようになるが、日本国籍を持たない在日の朝鮮・韓国・台湾の旧日本軍傷病兵には適用されていない


/悲しみ/食糧買出し焼跡の暮らし進駐軍闇市世相の断片



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