タイトル/戦争と平和 Com-Support Official Website
「灰の中からの脱出−城北大空襲後の暮らし−」
  絵:矢島勝昭 ※著作権は作者に帰属します 更新日:08.11.26

タイトル:世相の断片

絵:物乞い

物乞い
毎朝、「何か食べるものを…」と、やって来る老人がいた。その後、栄養失調で亡くなったという。わずかな配給さえ遅配・欠配続きで当時は栄養失調で亡くなる人も多かった。
・昭和20(1945)年11月1日 餓死対策国民大会 開催
敗戦の日から11月中旬までの餓死者は東京全域で推定1,000人以上


絵:浮浪児のモク拾い

浮浪児のモク拾い
GIは長い吸殻を捨てるので人気があった。GIの後を付けて拾う。日本人の吸殻は根本まで吸ってあるので2級品。
生活手段は、他に靴磨き、新聞売り、物貰い、屑拾い、露店手伝い、藷売りなど。その日暮らしに変わりはない。
・昭和23(1948)年 児童福祉法 施行
歓楽街をもつ池袋には浮浪児や孤児達が集った 警察と区で探し出しては収容施設に送るが 何度も施設から逃げ出して来ているものが多かった


絵:ストリップ・ショー

ストリップ・ショー
池袋アバンギャルトが有名だった。フランス座など、他にも数軒営業していたが、何所も満員だった。当時は今のように大胆なものではなくチラリズム程度だった。厳しい現実からの束の間の解放感…。


絵:パンパン狩り

パンパン狩り
性病が蔓延したため、強制検査のために街娼の狩込みを強化する警察やMP。有病者は強制入院させられる。池袋でもよく行われた西口闇市での取締りの光景。
RAA慰安所(米兵相手の慰安施設)や花柳街・特殊飲食街では GHQの要請で米兵を性病から保護するため 公娼や私娼に強制検診が行われていた 公娼制度廃止でRAAの慰安婦たちが何の補償もなく解雇されると 街娼(戦後自然発生)が急増 性病罹患数も増え 強制検査のために「パンパン(米兵相手の街娼)狩り」が行われるようになる


悲しみ食糧買出し焼跡の暮らし進駐軍闇市/世相の断片



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